ルカの福音書説教

小林和夫師
第41回

9章-2:優柔不断なヘロデ

ルカ福音書9章7〜9節

前回は、イエス様が12人の弟子たちに「力と権威」を授け「神の国を宣べ伝え、病気を直すため」に、彼らを町々村々へ遣わされたことを学びました。派遣された者たちが、行く先々で目覚ましい働きをした事は、次のように記されています「十二人は出かけて行って、村から村へと巡りながら、至る所で福音を宣べ伝え、病気を直した」

このニュースは速やかに広がりました。マルコの福音書は、その様子を「イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った」(6:14)と、記しています。

この表現は注目に値します。派遣されて、汗水を流したのは弟子たちでしたが、知れ渡ったのはイエスの御名です。もし、派遣された者たちが功名心にかられ、自己宣伝に明け暮れたならこうはなりません。彼らは自分の名声を求めず、主の御名の下で仕え「イエスの名が知れ渡った」のです“栄光在主”とは、こういうことではありませんか。

世の中に“天下国家”を論じる者は掃いて捨てるほどいますが、みな功名心の虜です。主イエスが求めているのは自分を捨てる者たちです。

イエスという名は、私たちには初めから親しみ深いものですが、当時は、未だユダヤ全土に知られていません。ですから人々は「イエスの名」によってなされる奇跡に驚かされ“イエスとは、いったい何者だ”と、関心を示し始めました。

ある人は、先頃ヘロデに殺された「ヨハネが死人の中からよみがえったのだ」と言います。別の人は「エリヤが現われたのだ」(マラキ4:5)と期待します。さらに他の人は「昔の預言者のひとりがよみがえったのだ」と、各々自分の見解を述べています。

このように姦しい巷の噂がヘロデ王の耳に届いた時、彼はひどく当惑しました。何故なら、バプテスマのヨハネを処刑したのは彼の責任です。彼は、ヘロデヤの娘(サロメ)が自分の誕生日に踊った褒美に、心の内ではヨハネを「正しい聖なる人」(マルコ6:20)と認めていたにも拘わらず、彼の首をはねました。酒席の戯れとは言え、以来、この事がヘロデの心には拭いきれない苦々しい記憶となり、消え去ることがなかったようです。

ヘロデは言います「ヨハネなら、私が首をはねたのだ(イオーアンネ・エゴー・アペケファリサ)」A.T.ロバートソンという高名なギリシャ語学者は、この言葉にヘロデの悔恨を読みとっています(A.マクラレンも同様の見解を持つ)

ルカは「イエスに会ってみよう」(エゼーテイ・イデイン・アウトン)というヘロデの好奇心を、ギリシャ語の未完了時制で書きました。それは、予てから「イエスに会ってみたい」と願っていたヘロデの心情を伝えています。実に、ヘロデ王は、捉えがたい複雑な性格の持ち主です。マルコ福音書の助けを借りて、詳細を論じてみたいと思います。

I. ヘロデとヨハネ

(マルコ6:17-28)

新約聖書には多くのヘロデが登場しますが、このヘロデはヘロデ・アンティパスと呼ばれていました(ルカ3:1)イエス様がお生まれになった時、ベツレヘムの2才以下の幼児を虐殺したヘロデ王の息子です。

ヘロデ一族の血縁結婚による混乱は、歴史的にも稀だと言われます。このヘロデ・アンティパスも例外ではありません。彼は弟ピリポ(ピリポも姪のヘロデヤと結婚していた)を欺き、その妻ヘロデヤを奪い、自分の妻としました。バプテスマのヨハネは、この不正を見過ごせず「あなたが兄弟の妻を自分のものとしていることは不法です」(マルコ6:18)と、正面から厳しく糾弾しました。その結果、ヨハネは投獄され、ついには処刑されたのです。

面白い事に、このヨハネに激怒したのは、面目を潰されたヘロデ王自身ではなく、不倫相手のヘロデヤでした。彼女は「ヨハネを恨み、彼を殺したいと思いながら、果たせないで」いました。彼らは、アハブ王とイゼベルのような夫婦ですね。

ヘロデ王は、ヨハネを捕らえて投獄しましたが、奇妙なことに「ヨハネを正しい聖なる人と知って、彼を恐れ、保護を加えて」いました。複雑怪奇な男です。その上、もっと分かりにくいのは「ヘロデはヨハネの教えを聞くとき、非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていた」(マルコ6:20)という屈折した心情です。

この頃のヘロデは、自分の欲望に引きずられて行動する破廉恥な男でしたが、善悪の区別が付かないほど判断力を失っていたわけではありません。正しい言葉の前に立たされると、良心のうずきを感じる心を持っていました。しかし、積極的に真理に従う決断をするほど潔くはありません。もしかすると、ヨハネの教えを聞く事によって、ある種の償いをしているような錯覚を覚えたのかもしれません。

これは、ヘロデだけの問題ではありません。預言者エレミヤは、このように屈折した人の心を見抜いています。ですから「人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえようか」(エレミヤ17:9)と、嘆いています。

ヘロデのように、優柔不断でどっちつかずの状態は長続きしません。いずれは破綻します。遅かれ早かれ、自分の立場を明らかにしなければならない時が来ます。その機会を巧みに仕組んだのが妻のヘロデヤとその娘(サロメ)でした。

ヘロデは、誕生祝いの席で見事な舞を見せた娘に口をすべらせました。酒の酔いがまわっていたのでしょう「おまえの望む物なら、私の国の半分でも、与えよう」と、列席者の前で誓いました“気前が良い”と、感心している場合ではありません。

彼は、自分の言っている事を理解していません。本来、自分のものでないもの(たとえば国)を、小娘に与えると豪語したのです。

イエス様は、祈りの雛型を示し「国と力と栄は、とこしえにあなた(父なる神)のもの」と教えました「国と力と栄とは、創造者なる神のものです」この単純で明快な認識が持てないので、この世の権力者たちは傲慢不遜に陥ります。そして抱えきれないものを手にして、その重荷に耐えきれずに潰れます。

娘が母ヘロデヤに相談しますと、母は娘に「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆に載せていただきとうございます」と、言わせます「そこで王は、すぐに護衛兵をやって、ヨハネの首を持って来るように命令した。護衛兵は行って、牢の中でヨハネの首をはね、その首を盆に載せて持って来て、少女に渡した。少女は、それを母親に渡した」(マルコ6:27-28)なんとも、誕生日の祝宴にはふさわしくない不気味な光景です。しかし、本当に不気味なのは、ヨハネの首を求めた母と娘の心です。

この時、ヘロデは「非常に心を痛めたが、自分の誓いもあり、列席の人々の手前もあって、少女の願いを退けることを好まなかった」と、記されています。

ヘロデは、愚かな自分の誓いと列席者に対する虚栄を優先しました。この時、彼は大切な事実を見過ごしています。たとえ、王国が彼のものであったとしても(預かっているに過ぎないが)バプテスマのヨハネの生命はヘロデのものではありません。人の生命は、みな創造者である神のものです。他人の生命に、それ相当の理由もなく手をかけることは、神への反逆行為です。為政者たちがこの明解な真理を受け入れるなら、民衆を抑圧したり、軽々しく戦争に踏み込むことはできないでしょう。

ヘロデにとって、ヨハネの首をはねたことは、取り返しのつかないあやまちでした。イエス様の噂を耳にして、彼が「私が首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ」(ギリシャ語原文では、私・エゴーが強調されている)と当惑したのは、恐れと不安と悔恨の入り交じった心情の吐露と言えるでしょう。

II. ヘロデと主イエス

(ルカ13:31-33、23:1-12)

ヘロデはこの日「イエスに会ってみよう」と興味を示しましたが、その真意は理解できません。明らかなのは、イエス様がヘロデに関心を持たなかったという事実です。

マタイの福音書は、ヨハネが殺された時「ヨハネの弟子たちがやって来て、死体を引き取って葬った。そして、イエスのところに行って報告した。イエスはこのことを聞かれると、舟でそこを去り、自分だけで寂しい所に行かれた」と、記しています。これは、イエス様がヘロデを恐れて、その魔手から逃れたということではありません。

イエス様は、ご自分の先駆者として道を開き、ご自分に洗礼を授け「世の罪を取り除く神の子羊」と、世に紹介してくれたヨハネの壮絶な死を、一人静かに悼まれたようにおもえます。何故なら、ルカ13章31節以下の言葉は、イエス様がヘロデのことなど少しも気にかけていないことを証言しているからです。

あるパリサイ人が、イエス様の所に来て「ここから出てほかの所へ行きなさい。ヘロデがあなたを殺そうと思っています」と、告げました。すると、イエス様は「行って、あの狐にこう言いなさい『わたしは、きょうもあすも次の日も進んで行かなければなりません。なぜなら、預言者がエルサレム以外の所で死ぬことはありえないからです』」と答え、不退転の決意を示されました。

ヘロデは、その後、イエス様のことをすっかり忘れたようです。彼が最後にイエス様に出会うのは、これまた日和見なローマの総督ポンティオ・ピラトの引き合わせです。

ピラトがイエス様の裁判から手を引きたいと願っていた時、ヘロデがエルサレムに上京していました。その時、イエス様を持て余していたピラトは、ヘロデに押しつける名案(迷案)を思いつきました。その事情がルカ23章に記されています。

その時のヘロデは、もはや感動する心を失っていました。彼は「イエスを見ると非常に喜んだ。ずっと前からイエスのことを聞いていたので、イエスに会いたいと思っていたし、イエスの行なう何かの奇蹟を見たいと考えていたからである。それで、いろいろと質問したが、イエスは彼に何もお答えにならなかった」と、あります。

ヘロデはイエス様に会い、以前からの希望がかなって非常に喜んだのですが、彼の関心は変質していました。霊的な関心は失せ果てて「何かの奇蹟を見たい」という、野次馬根性の域をでません。イエス様を前にして、かつてヨハネに対して抱いた程の恐れの思いすら持ち合わせていません。既に、霊的に硬直しています。生きた屍です。

主イエスは、このようなヘロデに「何もお答えにならなかった」のです。イエス様は、総督ピラトの問いかけには忍耐強くお答えになりましたが、ヘロデの問いかけには、それを無視して一顧だに与えませんでした。イザヤは、イスラエルの民に警告しました「主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ」(イザヤ55:6)

ヘブル書の著者も「きょう、もし御声を聞くならば、荒野での試みの日に御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない」(ヘブル3:7-8)と、語りかけています。聖歌にも在りましたね“救いの時の過ぎゆかぬ間に、来たり、救いを受けよ”(聖歌412)