ルカの福音書説教

小林和夫師
第21回

7章-2:死は勝利に飲まれた

ルカ福音書7章11〜17節

本日の聖句が物語るのは、小高い丘の上にあるナインの町のできごとです。その日、イエス様と共に「弟子たちと大勢の人の群れがいっしょに」この町にやって来ました。

イエス様がユダヤの地を行き巡って活動されたのは僅か3年ほどですが、その間、人々の関心を集めたことが何度もありました。

聖句が語るのは、イエス様の評判が広がり始めた初期の出来ごとです。人々は口々に「大預言者が私たちのうちに現われた・・・神がその民を顧みてくださった」と、賛美しています。このイエス様を取り囲む群衆を、英国の牧師アレグザンダー・マクラレンは“歓喜の集団・生命の奔流”と呼んでいます。

ナインの町に入る道は上り坂です。私たちの年頃になりますと、坂道は概ね苦痛なものですが、イエス様を取り囲む人々には生命の喜びが溢れています。上り坂も、この人々の行進の妨げにはなりません。連想するのは、子供たちと一緒に歩いている時の奇妙な経験です。元気な子供たちは、登り坂にさしかかると“何だ坂、こんな坂”と言って、突然走り出すことがあります。子供たちの内に溢れている生命力は、坂道の挑戦を笑い飛ばすかのようです。これは、内に漲る生命力の本能的な応答なのでしょう。

この日、ナインの町には、もう一つの行列がありました。それは、小さなナインの町全体を巻き込む程のものでした「イエスが町の門に近づかれると、やもめとなった母親のひとり息子が、死んでかつぎ出されたところであった」と記されています。こちらは、まさしく“沈黙の葬列・死の行進”です。

町の人々が、ひとり息子を失った母親につき添っています。彼女の悲しみは人々の涙を誘いますが、誰もその悲しみを癒すことはできません。悲しみを肩代わりすることもできません。これは共に泣き、或いは、黙って耐えるほかない絶望的な沈黙の行進です。

鯉は滝を上ると言いますが、鮎のように小さな魚も健気に激流を遡ります。生命力を内側に宿しているからです。内側に生命を持たない流木は、たとえ、川を塞ぐ程大きくても、流れに逆らうことはできません。

この葬列は象徴的です。母親を初め、町中の人が取り縋って止めようとしても、この葬列を押し止めることはできません。若者の亡骸は、町の中から外へ出て行かなければなりません。

I. 生と死の対決

この日、二つの行列は、ナインの町の門前で出会いました。どちらかが道を譲らなければなりません。私たちが歓迎するのは“歓喜の行進”であって“死の行進”ではありません。しかし、私たちの日常生活で、折悪しくこの二つのものが出会うなら、例外なく歓喜の行進が遠慮し“死の行進”が大手を振って周囲を支配するでしょう。約束していた結婚式の出席を失礼して、割り込んできた葬式に馳せ参じた事はありませんか。

私たちの個人的な願いを言えば、喜びが悲しみを覆ってくれることが望ましいのです。しかし現実生活の場では、両者が出会うと、喜びや笑い声は遠慮し、悲しみの重い気分が支配します。殊に、死は暴君の如き支配者ですから、有無を言わせないところがあります。私たちは、葬式には無条件で道を譲ります。楽しい予定は後回しにされます。死は、行きずりの者まで、その悲しみの中に巻き込む威力があります。

死はまことに貪欲です。これまで、あらゆる者を待ったなしで飲み込んできました。人は、その猛威の前に悲しみ嘆き諦める外ありません。

しかし、この日、イエス様は葬列の前に立ちはだかり、棺に手をかけて一歩も引きません。そして、万物創造の力を現し、死から生命を呼び戻し、この葬列を押し返して“死の行進”を“歓喜の行進”の中に取り込みました。

この物語は、私たちの罪のために死んでよみがえられたイエス様が、私たちを死から生命へ移す力を持っておられることを、絵画的に描いたものです。

後にパウロは、イエス様の復活を証言し、イエス様が死からよみがえられたので、死は無力になったと論じています「死は勝利にのまれた・・・死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか・・・神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました」(Iコリ15:55-57)と。

II. 主イエスの眼差し

イエス様が私たちに関わってくださる手順を考察してみましょう。主イエスは、その母親を見てかわいそうに思い「泣かなくてもよい」と声をかけ、彼女を救われました。

私たちは前回、異邦人ではありましたが、イスラエルでも見られないような信仰に生きたローマの百人隊長に出会いました(7:9)また、イエス様は「あなたの信仰があなたを救った」(8:48)と言って、一人の女性を苦悩から解放されました。ヘブル書は「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません」(ヘブル11:6)と明言します。

しかし、ここには、当事者の信仰らしきものが見あたりません。家族や友人たちの信仰が、代りに働いた形跡もありません。ここにあるのは、誰にも癒せない死別の悲しみと、それを見過ごすことのできないイエス様のあわれみです。

イエス様は、一目でこの母親の苦しみを見抜きました(ルカは、この他にもイエス様の眼差しが人々に向けられた時、その人たちが勇気を得て立ち直った姿を記録しています。5:27では取税人マタイに、19:5でも取税人ザアカイに、23:61ではペテロに)  イエス様は母親に目を留め、息子の死がもたらした絶望的な悲しみを知りました。彼女には女手一つで子育てをした苦労がありました。それでも、息子は彼女の生きる希望と勇気の源でした(私の母も戦後の貧困の中で“子供たちがいたから生き抜く事ができた”と述懐した)成長した息子は、彼女の喜びと希望の全てだったでしょう。

彼女は、息子が手足まといだった時にも“この子のために”と、ひたすら生きる勇気を奮い立たせてきました。しかし、息子が亡くなった今となっては、絶望しか残されていません“自分も一緒に葬ってくれ”と嘆いて、周囲の人々を困らせなかったでしょうか。

イエス様は、息子を失って絶望している母親の姿に、やがて訪れる母マリヤの悲しみを重ね合わせたのではないかと思えてなりません。

III. 主イエスのあわれみ

イエス様は、この母親を見て「かわいそうに思い(スプランクニゾマイ)」ました。これが、神の恵みを開く糸口です。この「かわいそうに思う」と訳された動詞(スプランクニゾマイ)は、福音書で特別な使われ方をしています。その名詞形(スプランクノン)は、はらわたです(使徒1:18)転じて、あわれみを意味します(ルカ1:78)ですから「かわいそうに思う」とは、断腸の思いを傾けたあわれみです。

「スプランクニゾマイ」は、福音書に12回使われています。そのうち8回はイエス様が主語です。3回は譬え話の中で用いられています(放蕩息子の父、王の裁き、良きサマリヤ人)残りの1回も、主の憐れみを求める者が使っています(マルコ9:22)この語は、新約聖書では人間の同情心には用いず、神のあわれみだけに用いられています(エレミヤ31:20)

神のかたちに似せて造られた私たちにも、他人の窮状を見て“かわいそうに思う”優しい感情が与えられていますが、私たちの“かわいそうに思う”心は脆弱です。

この夏、そのことを痛感しました。7月の末、北海道についた直後、東京理科大ワンダーフォーゲル部の学生が大雪山で遭難したニュースを耳にして不安に駆られました “もしかするとその中に、今春入学した甥の三男がいるのではないか”と恐れたのです。翌日、正確な情報を得て、私の心は安堵しました。実際には3人の学生が亡くなり、彼らの家庭では絶望が始まったばかりなのに、私の心はホッとしているのです。「かわいそうに思う」という言葉を、イエス様のあわれみを表現する場合にだけ使用する理由がここにあります。

イエス様は見て、知って、誰も持ち合わせていないあわれみの泉を開きます。主イエスがあわれむところに、奇跡が生じました。その場面を列挙しておきます。ライ病人(マルコ1:41)盲人(マタイ20:34)の癒し。飢えた4000人の給食(マタイ15:32)や、疲れ果てた群衆(マタイ14:14)借金返済で破産した者(マタイ18:27)への慈悲。ルカ10章33節は、良きサマリヤ人の親切。圧巻は、15章20節の放蕩息子を迎え入れる父です。あわれみこそ、イエス様の恵みの扉を開く鍵です。

私たちの世界は虚栄の市、虚飾に満ちています。私たちは虚勢を張り、人前で弱さを見せません。いや、弱さは見せられません。私たちは、経験的に弱さには軽蔑や差別の視線が向けられるのを知っているからです。ですから、憐れみという言葉は不人気です。しかし、イエス様においては「恵みとあわれみ」は、この上ない大切な言葉です。

イエス様は、人々に軽蔑されていた取税人マタイの客となられた時「わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない」(マタイ9:13)と言われました。困難の中にある者にとって、主イエスが知って、あわれんでくださることは、何と幸いな事でしょう。

「いつくしみ深き友なるイエス」という賛美歌があります。イエス様のあわれみを賛美し、結婚式や葬式の場でも歌われます。クリスチャンでない方々の心にも響く不思議な歌です。

私たちも、他人の悲しみを一緒に泣くことはできますが、そこまでです。しかし、イエス様のあわれみは、力強い結末を展開します。

主イエスは、母親に「泣くな」と命じ、死人を呼び戻されました。おそらくこの時まで、泣くことだけが彼女の唯一の慰めだったでしょう。

日航機事故で亡くなった坂本九さんは、溢れ出てくる涙を止める事はできないので、せめて“涙が流れ落ちないように、上を向いて歩こう”と歌い、人々の共感を得ました。しかし、主はこの母親に近づき「泣くな」と語りかけて、涙の源をいやされました。

「泣くな」と命ぜられた方は、涙の意味を知っておられる方です。主イエスは、自らも泣かれました。ヨハネ福音書11章35節には、イエス様が泣いて下さった姿が描かれています。涙の意味を知っておられるイエス様は「青年よ、起きなさい」と命じ、息子を取り戻して母親に返されました。

この聖句は、主イエスがどんなに深くあわれんで下さり、そのあわれみがどんなに力強いかを伝えています。キリエ・エレイソンという言葉は、教会の祈りであり賛美ですが、それは「主よ。あわれんでください」という意味です。


姉の火葬と骨揚げをした時、遺骨は壷に半分もありませんでした。姉にとっても「その一生は、骨折りと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、飛び去」りました(詩編90:10)

しかし、姉は死に直面した時“平安ですか”という問いに“あたりまえだよ”と答えました。共にいます主に信頼して死を恐れず、復活の世界を待ち望んで平安でした。姉の場合も「死は勝利に飲み込まれていたのです」これは、私たちキリスト者の慰めと希望です。