ルカの福音書説教

小林和夫師
第2回

3章-1:荒野にひびく神の声

ルカ福音書3章1〜6節

本日の聖句は、バプテスマのヨハネと呼ばれた男の役割を紹介しています。このヨハネは、祭司ザカリヤとエリサベツの間に生れた人です。主の弟子ヨハネとは別人です。

ヨハネの役割は、律法に束縛された古い時代に終わりを宣言し、新しい恵の時代の幕開けを告げるキリストの先駆者としての働きです。イエス様もこの人を、律法と預言者時代の最終ランナーだと認めています(マタイ11:13)

ルカは、イエス様の誕生物語に先んじて、ヨハネの生れた経緯を記ました(1:5-23、57-80)それは、ルカがイエス様とヨハネとの関係を重視していたからです。イエス様とヨハネとは、神様が救いの計画を実現するために深く関わっていました。それは、この二人が、この世に生れて来る前から定められ、始まっていたことです。

ナザレの乙女マリヤは、御使いガブリエルの受胎告知を受けた時「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」(1:38)と、我が身を委ねました。見事と言う外ありません。しかし、その時からマリヤは、誰にも理解されない孤独な状況に置かれました。このマリヤが、不安な思いを抱いて駆け込んだのは、ヨハネの母となるエリサベツおばさんの懐でした。エリサベツも、年老いてから奇跡的に身ごもり(ルカ1:13)神の恵みを体験した女性です。ですから、エリサベツは、喜びと恐れに揺れるマリヤの心を受け止めることができたのでしょう(1:41-44)

ヨハネの父ザカリヤも、我が子ヨハネの役割を理解していました。彼は、息子の誕生を祝福し「幼子よ。あなたもまた、いと高き方の預言者と呼ばれよう。主の御前に先立って行き、その道を備え」(1:76)と、祝福の言葉を口にします。ヨハネはまさしく、イエス様の先駆者としての使命を帯びて生れて来たのです。

ルカは、先ずヨハネを歴史の舞台に登場させ、イエス様の出現が近いことを読者に悟らせます。その紹介は、2章と同様に、これが世界史のまっただ中で起こった事だと主張します。

ルカが、ローマ皇帝テベリオの名をあげ、ユダヤ総督ピラトやガリラヤの国主ヘロデなどの名を連ね、大祭司アンナスやカヤパを登場させているのはそのためです“昔、ある所に・・・”といった、昔話の語り口との違いにも着目してください。

3節によると「ヨハネは、ヨルダン川のほとりの全ての地方へ行って、罪が許されるための悔い改めに基づくバプテスマを説いて」いました。

彼の衣装は「毛皮の衣に皮の腰帯」(マタイ3:4)まことに簡素なものです。それは、昔の預言者エリヤを想起させます(列王1:8)彼の食物は「イナゴと野蜜」でした。いずれも、粗末な衣服と食物の代名詞です。ヨハネが宮廷人・貴族階級ではなく、在野の人であったことを裏付けるものです。

ヨハネの外見や風貌、生活様式やメッセージは、人々に預言者エリヤの再来(マラキ4:5)を連想させるものでした。ルカは、ヨハネの出現を、預言者イザヤの言葉「荒野に呼ばわる者の声がする『主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ』」(40:3)の成就だと確信しました。

イザヤの預言は、ユダヤ国家存亡の危機に際して、将来の希望を語ったものです。国々は、時には時代の厳しい試練が避けられません。しかし、預言者は神への不屈の信仰を呼びかけ、神による回復を約束して王たちを叱咤し、民衆にも悔い改めを求めました。人間の利己心は、神の造られた世界をさながら荒野に変えてしまいます。しかし、時が満ちると、その荒野の真っ直中から神の声が響きわたり、救いの希望が告げられるというのです。

ルカは、ヨハネこそ荒野で叫ぶ声だと確信しています。ヨハネが語ったメッセージは、順次学ぶことにして、本日はヨハネの役割について、もう少し考えてみます。

I. 荒野

ヘブル語で荒野を「ミドバール(ミは前置詞、ミ・ダーバール)」と言います。これは「ダーバール(ことば、事柄の意味)」から派生した言葉です。荒野とは、直訳するなら“ことば・事柄から”という意味です。他にも「ことば」から生れたものに「疫病(デベル)」があります。これらは、言葉の持つ力、速やかに広がる伝達力、相手に与える時には致命的な影響力を連想させます。

日本語の荒野は、自然のままの土地、労苦しても実りが得られない所、人里離れた所などを意味します。比喩的に“東京砂漠”などと言うときは、現代文明を誇りながらも心が通わない都市の虚しさを意味します。

竹久夢二の詩に“都会は人間が作りました。田舎は神様が造られました”という一節があります。人の手で作られた町には、人の言葉が満ちています。学校は立ち並び、教育が施されています。様々なサークル活動への呼びかけがあり、人は自分の好みに合わせて自由に選ぶことができます。道路にも建物にも看板広告があふれています。家庭にもテレビを通して世界中の情報が入ってきます。英国でテレビが宣伝された時のうたい文句は「WORLD INTO YOUR HOME(世界があなたの家庭に)」でした。事実、テレビの普及で、世界のみならず、世俗が濁流のように家庭の中に入り込んできました。

私達は、都市生活の中でたくさんの主張(言葉)に囲まれて生活しています。町には出世や成功の声があり、快楽の声も溢れています。町に出れば呼びかけの声ばかりではありません。ラッシュ時のターミナル駅では、人は文字通り押しあいへしあいしています。けれども、人々は、町の中に心を慰め癒す言葉の少ないことに気付いてきました。町の生活は忙しくて賑やかですが、心の中は孤独と虚しさで一杯です。町の言葉は魅力的で意味ありげですが、その言葉に惹かれる者たちの心を虚しくさせています。

三木清という哲学者(反戦容疑で投獄され、敗戦直後に獄中で死去)が「孤独は山になく、町にある」といった言葉は有名です。人々は町の雑踏の中で孤独を抱えています。

山などへ行きますと、ラジオやテレビもなく、行き交う人も少ないのに、自然の美しさが絶えず無言の語りかけをしてくれます。四季折々に色づく木々も、夕日に映える山々も無限の言葉で語りかけてくれます。確かに「もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざを」(詩篇19:1)示しています。

それに比べると、町は人の言葉で溢れているのに、荒野のような虚しさがあります。こう考えてみると、ヘブル語の「荒野」が「ことば」から生じた由来が理解できます。人の身勝手な心ない言葉が、人間関係に荒野を作りだしています。

適切ではありませんが、家庭に子育ての経験のある方がいれば、若いお母さんは育児に悩みません。今日では、棚一杯の育児書に囲まれながら、育児ノイローゼが続出しています。

健康法を教えてくれる書物はたくさんありますが、混乱させているのも事実です“船頭多くして、船岩に上る”と言うわけです。

“一億・総評論家”時代ですから、声が余りに多すぎて本当の声を聞き分けるのが困難な時代です。その意味で、この世界は、人の言葉が作りだした不毛の荒野ではありませんか。

II. 荒野に神の声が響く

預言者イザヤは「荒野に神の声が再び響きわたる」日が来るのを信じ待ち望んでいました。

イエス様の誕生より数百年も前に「荒野と砂漠は楽しみ、荒地は喜び、サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う・・・荒野に水がわき出し、荒地に川が流れるからだ」(イザヤ35:1-6)と、遥かに救いの訪れを夢見ていました。

イザヤ書は、40章の転機を迎えると、慰めの性格が顕著になります。その冒頭で「荒野に呼ばわる者の声がする『主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ』」(40:3)と語り始め、預言者自身の期待も高まって来ました。

しかし、預言者は単なるロマンチストではありません「すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。主のいぶきがその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草だ。草は枯れ、花はしぼむ」と、厳しく人間の現実を見据え「だが、私たちの神のことばは永遠に立つ」(40:6-8)と記して「神のことば」の訪れを待ち望みました。

そして、ついにその日が訪れました。ヨハネはユダの荒野で、人々に悔い改めを求めて神の言葉を叫び始めました。

人の言葉が荒野を作り出したのに、ヨハネは、ユダの荒野で神の言葉を語り始めました。混乱を作り出すのは、いつの時代でも人間の専売特許です。しかし、癒しを与え、望みを抱かせてくださる神の言葉は、人の作り出した荒野の真っ只中から響き始めます。

ヨハネの言葉は、早春に吹きまくる“春一番”のような厳しさがあります。しかし、それに続いて登場するイエス様は「私が道であり、真理であり、いのちです」(ヨハネ14:6)と語られ、天国への道を明らかにされました。さながら、砂漠に花が咲き、荒野に泉が湧きだすようではありませんか。

イエス様は、荒野の如き世界に御出で下さって、愛と平安と希望の道を切り開いてくださいました。それは、後に、イエス様の十字架の死と復活によって裏付けられます。

ヨハネは、民衆の期待と尊敬を集めました。しかし、彼は自分が評価されていい気になるような人ではありません。彼は真理に忠実な人でした。彼はイエス様にお会いして、いち早く主の本質を見抜き証言しています。彼はイエス様を指して「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」(ヨハネ1:29)と宣言しました。それは「この方こそ救い主」という意味です。

余りにも多くの人の言葉がこの世界を荒野にしてしまいましたが、これを回復させるためには、ただ一つの言葉を響かせなければなりません。

「すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ」と語りかけ、人々にへりくだることを求め、神の慈しみと御力を存分に告げ知らせることです(イザヤ40:11、26、28-31)

聖餐式の言葉にも「主が来られるまで、主の死を告げ知らせる」(コリント11:26)という表現があります。

「主が来られるまで」とは、換言すれば、私たちが主の前に出るときであります。それは、死を迎える日のことです。メメント・モリです。

「主の死を告げ知らせる」とは、主イエスが私たちに代わって罪の代価を払ってくださったという恩恵を証言することです。

本日は、先駆者としてのヨハネを学びました。このヨハネを理解することは、私たちにも極めて大切なことです。

なぜなら、世間の人々は、イエス様や聖書よりも先に、私たちに出会います。そういう意味では、今日、私たちもヨハネの先駆的な使命を継続しています。私たちは、この世に対して、イエス様の先駆けです。彼と共に主を指し「見よ。世の罪を取り除く神の子羊」(ヨハネ1:29)と、証言し続けて下さい。