ルカの福音書説教

小林和夫師
第10回

5章-1:人生の転機

ルカ福音書5章1〜11節

新共同訳聖書には、段落ごとに小見出しがついています。本日の箇所には“漁師を弟子にする”とあります。これは、イエス様のお言葉「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです」という言葉に基づいたものです。

その日、ガリラヤ湖の漁師シモンは、イエス様の弟子になりました。彼にとっては突然の出来事でしたが、彼の人生における偉大な転機となりました。

人生の大事は、しばしば、当人も予期せぬハプニングに始まりますが、それは決して偶然ではありません。神の摂理の下にあります。

2000年前のその朝、ガリラヤ湖畔でのメインプログラムは、イエス様のお話を聞く集会でした。私たちの場合なら、朝の礼拝に相当します。その日のイエス様の説教は記録されていませんので、その日語られた言葉を再現することはできません。

ルカは、集会の描写を「イエスはすわって、舟から群衆を教えられた」と、一言で済ませています。説教題も知ることはできません。そして、集会後の、いわば二次会の様子を詳細に伝えています。それが、漁師シモンと友人たちの人生の転機となりました。

I. 発端

漁師シモンが、この日、イエス様の弟子となり、後にキリスト教の中心人物になったことはご存じの通りです。彼は、これ以前にもイエス様の恵みを受けています(4:38)ですから、イエス様とは既に顔なじみでした。

シモンはこの朝、イエス様に頼まれ、即席講壇として自分の舟を提供しました。イエス様の話を聞こうとして、ガリラヤ湖畔に多くの人々が押し寄せ、イエス様に迫ってきたからです。イエス様は、臨機応変ですね。シモンの舟を借りて、湖の上から話しかけました。

シモンはその前夜、夜通し網を打ちましたが何の獲物も得られませんでした。彼は疲労と失意の中で、漁師の最後の務・網の繕いをしていました。何事につけ、後片付けは大切な仕事ですが、報いられなかった骨折り仕事の後片付けは、うんざりものです。主婦が材料を吟味して準備した料理を、間の悪い長電話で鍋ごと炭にしてしまった時の気分に似ているかもしれません。この鍋を磨くのは忌々しいことです。こんな時、誰かにつまらない事を言われて八つ当たりした事がありませんか。

シモンはそんな状況下で、イエス様から“ちょっと船を出してください”と頼まれました。ガリラヤ人気質は心意気です。嫌とは言えない性分です。あいそよく舟を漕ぎだしました。そして、これが、ささやかではありますが、偉大な生涯への一歩となりました。

イエス様は「小事に忠実な人は大事にも忠実です」と言われます。イエス様は、私たちの手の届くところにちょっとしたチャンスを設けてくださいます。もし、シモンが“今、網を繕っているので、この次にしてくれ”とか“今日は疲れているからごめんだ”と言ったなら、彼はこの偉大なチャンスを逃すことになったでしょう。

とにかく、シモンは網つくろいの手を休め、イエス様の集会に協力することになりました。彼の厚意で人々は主の説教を聞くことができましたが、彼の気持はどんなだったでしょう。

間もなく、イエス様の話が終わり“シモンさんありがとう。ご苦労さまでした”と、お開きになる筈でした。とにかく、シモンの厚意で、この日の集会は無事に終わりました。

II. イエス様の要請(報酬)

イエス様は、その日シモンに獲物がなかった事を知っており、彼の厚意と骨折りに報いるために語り掛けました「深みに漕ぎだし、網をおろして魚をとりなさい」

漁師が舟を漕だり網を下ろすことは容易ですが、プロ意識と言う者は、頑なほど時間や場所を選ぶものです。彼らは、素人のように簡単には考えません。事に先んじて準備を万端整えなければなりません。

シモンの言い分を聞いてみます「先生、私たちは夜通し働きましたが、何一つ取れませんでした」私はこれを、お人好しのシモンが示した精一杯の抗議だと受留めています。シモンは、徹夜漁で疲れていたにも拘わらず、二つ返事でイエス様の求め(舟を貸す事)に応えました。それにも拘わらず、今度は“もう一度やり直してみなさい”と、言わんばかりのお言葉です。シモンは、ガリラヤ湖畔で生まれ、湖水で湯浴みして成長してきました。彼には“この湖のことなら誰よりも良く知っている”との自負があったでしょう。

彼は内心“漁師には漁師のやり方がある・・・湖や投網の事が先生風情に分かってたまるか・・・俺たち漁師が一晩中網を打っても駄目だったんだ・・・時にはこういうこともあるさ・・・ほっといてくれ・・・”言い分はいくらでもあります。私たちは概ね、自分の領域で他人に口出しされるのに我慢がなりません。パン屋さん、靴屋さん、大工さん、学者も職人もこの点ではみな同じではありませんか。

シモンはさらに「お言葉どおり網をおろしてみましょう」と言います。これを、シモンの従順を示す言葉と考える人が居る事は承知していますが、私には、そのようには考えられません“論より証拠、一度やってみたら分かるだろう・・・これで先生の気が済むなら・・・”といった、彼の内心のいまいましさを秘めた、自嘲的な言葉のように思えます。

ところが、結果は予期せぬ大漁でした。これを見たシモンは、イエス様が単なる教師ではないことを直感しました。善良で単純なこの男は、自分が夜通しやっても出来なかったことを、あっさりやってのけたイエス様の中に神を見たのです。すると、先程まで自分の心のなかでわだかまっていた気持ちを見透かされたような気がして恥じ入ったようです。

私たちの知っているシモンという男は、おそらくこの時まで“自分の惨めさ”など気づかずに過ごして来たのではないかと思います。幼い頃は“餓鬼大将”長じて“漁師仲間の組合長”後には、自他共に認める“イエス様の筆頭弟子”無力さや惨めさは、これまでの彼の人生には無縁だったと思います。

それなのにこの日、イエス様の前に立って、図らずも鏡に映すように自分を見せられて恥じ入り、足下にひれ伏し「主よ、私のような者から離れてください。私は罪深い人間ですから」と、言ったのではないでしょうか。

私たちにとって、自分の罪や弱さを認めることは屈辱です。小さな子供たちでも容易に認めようとしません。歯を食いしばって沈黙します。しかし、シモンは決断的な人でした。彼はこの日、潔く自分をさらけ出しました。

罪を認めることには抵抗がありますが、正直こそ本当の勇気です。自分の内側の事実を押さえ込んでおくのは危険です。いつ暴発するか分からない爆弾を抱えているようなものです。

III. 心に刻まれた愛の確信

シモンがこのように告白した時、彼が人並み以上に罪深かったと言うわけではありません。しかし、彼は恐れ怯えて足が竦み、イエス様に懇願します「私から離れて下さい」と。

確かに、シモンに罪を認めさせたのはイエス様の存在でした。イエス様がいなければ、彼は自分の罪を知ることもなかったでしょう。彼は正直でした。姦淫の現場で捕えた女性を告発した連中が、自分達の罪を指摘されて、こそこそと逃げ出したようなことはしませんでした。

彼は、自分の有様を知った時、弁解せずに赦しを求めました。

人の良心の感覚が鋭敏な時も鈍い時も、自分の存在そのものが変わるわけではありません。例えば、鏡の前に立ち自分の顔の汚れを発見した時“この鏡怪しからん”と叩き割りますか。或いは、鏡の前を離れたら、汚れを忘れて一件落着するでしょうか。

シモンは、去ることも出来ず留まることにも耐えがたく「私から離れてください」と懇願しました。すると、イエス様が「こわがらなくても良い、私についてきなさい」と招きます。彼は直ちに決断し、舟も網も何もかも捨てて主に従う人生を選びました。

これが、シモンの人生の転機でした。それから三年、シモン・ペテロは、イエス様の弟子として寝食を共にして訓練を受けました。興味の有る方は福音書をお読みください。彼は多くのエピソードを持った親しみやすい男です。誰よりもイエス様を熱愛し、一生懸命に生きている姿を見ることができます。

ヨハネ福音書21章のエピソードは、シモン・ペテロがキリストの弟子になって三年後のでき事を伝えています。イエス様は十字架に掛かり、復活後も何度か繰り返し、ご自分を弟子達に現されました。しかし、弟子たちの活動方針はまだ決まらず、この時もペテロが呼びかけ人となり、弟子たちは漁に出かけました。

ペテロは、かつて自分の罪深さを知って、イエス様を恐れ「私から離れてください」と懇願した男です。しかし、罪深いと言うなら、この時こそ、彼は自分の罪深さにうちひしがれていた筈です。なぜなら、イエス様の十字架前夜、最後の晩餐の席で彼は大見得を切りました「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません」(自分だけは別格で、何処までも従って行き一緒に死ぬ)と言い張りました。

しかし、その夜、イエス様が捕えられると、彼も主を置き去りにして逃げました。思い直して戻ってきましたが、我が身に危機が迫ると「イエスを知らない」と嘘を尽きます。しかも、三度も繰り返しました。その時、鶏が鳴いて彼は我に返り、男泣きに泣いたのですが、全ては後の祭です。シモン・ペテロとユダにどれ程の違いがありますか。

“一宿一飯の恩義”と言いますが、シモンは、三年間イエス様と寝食を共にしてこの有様です。三年間、無駄飯を食ったのでしょうか。そうではありません。

三年前、イエス様の聖なるみ顔を恐れて御前から逃れようとしたこの男は、今や、自分の罪と不甲斐なさにイエス様を求めています。少しでも早くイエス様の所へ近づきたくて、海のなかへ飛び込み岸辺を目指しました。彼の心は、舟が岸に付くのを待てない程急かれたのです。彼は、三年世話になっても土壇場でイエス様を裏切るほど未熟でしたが、そのような自分を迎え入れて下さるイエス様の愛と赦しは確信していました。この信頼が成長の証しです。

シモン・ペテロには後日談があります。迫害が激しくなり、信仰の為に捕えられて処刑される事になったとき、イエス様の十字架と同じでは勿体ないと言ったそうです。それで、逆さの十字架に付けるように死刑執行人に求めたとの事です。

虚勢を張って生きていたガリラヤの漁師を、イエス・キリストは神の人として造り変えました「誰でもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなります」(コリント5:17)キリストを信じて生きるなら、人生に転機が与えられます。それは、人生を新らしい希望に向かわせてくれます。